バブル景気が崩壊し、私たちが改めて認識させられたことがあります。
それは、どんな大企業でも、また名門・老舗といわれるところでも、お客様がその企業・お店の商品やサービスを利用しなくなったら、たちまち経営はおかしくなってしまうということです。
先日、ある雑誌社から「銘菓」で知られた老舗の和議申請について意見を求められ時、印象に残っている豪商の話をしました。
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「先義後利」(義を先にして利を後にするものは栄える)を店是とした大丸の始祖・下村彦右衛門は、次のように語っています。
「人は正直で慈愛に富むのが第一。衣服、食事のおごりもいけないが、心のおごりが最もいけない。また、いかに才智に優れていても不律義な人間は役に立たない。まして主人たるものは、正直、律義で慈愛深くなければ多くの人の上に立てない道理である」
江戸時代には「始末・算用・才覚」が、「商いの三法」と言われていました。それなのに彦右衛門が商売のことよりも、人間としての生き方について熱心に語っていることは、意外であり新鮮です。
このことは、下村彦右衛門に限りません。江戸一番の繁盛店で、「富士山と並ぶほど有名」と謳われた越後屋の三井高平も、「勤倹は家を富ませ、奢りは身を滅ぼす。勤倹に励み、奢りを慎むことこそが、一族繁栄と子孫永遠の幸福の基である」と書き残しています。二人の豪商が、共通して後に続く人々に言っていることは、「奢ってはいけない」ということです。
戦後50年、日本は世界でも有数の経済大国になりました。いわば「金持」にはなったのですが、外国からは依然として「金儲けしか考えないエコノミックアニマルだ」と言われています。
日本が「老舗」として続くか、それとも一代限りの「成金」として終わってしまうのか、その岐路に立たされているように思います。 バブルの崩壊は、経済やお金を基準に物ごとを判断することを当たり前のように考えてきた私たちに、「奢りは身を滅ぼす」ことを嫌というほど教えてくれました。
日本(人)にとって、余りにも高過ぎる授業料でしたが、この教訓を生かして21世紀を本当に「ゆたかな社会」にしなければならないと、全国を行脚しています。
近江商人は、始末して勤勉に働くだけではなく、「売り手よし、買い手よし、世間によし」の「三方よし」で商いに励み、陰徳を積んだ。これこそが、お客様の満足を追求することにより企業の永続的発展を目ざす「顧客満足(CS)経営」の源流であり、世界に誇ることのできるビジネスモデルである。

