「京の三大長者」 角倉素庵

 江戸時代初期、京都では「京の三大長者」と謳われた角倉・茶屋・後藤の三家を織り込んだ、次のような俗謡がうたわれていた。

 「茶屋のべべ着て、後藤の駕籠で、花の咲いたる嵐山、角倉船に乗りながら、主と一緒に見てみたい」

 茶屋とは、若くして徳川家康に登用され戦略物資の調達、その後将軍家御用達となり朱印船による海外貿易や呉服商として、莫大な富を誇っていた茶屋家である。
 後藤は、豊臣秀吉や徳川幕府の命を受け、金座・銀座を設け、貨幣の鋳造により巨富を築き、権力者の用いる駕籠には後藤家の彫金が施されていた。

 そして、角倉は了以・素庵の親子二代にわたる海外貿易や富士川、高瀬川などの河川工事により、豪商の座についていた。そして、角倉船は、最も豪華な船の代名詞だった。
 だから、茶屋の着物を着て、後藤の駕籠で、角倉船に乗り、嵐山で花見をすることは、最高の贅沢であり、憧れだったのである。
 角倉素庵は、了以の長男として生れたが、商人として成功をおさめただけではなく、儒学者として、また文化人としても一流の人物であった。    

利とは道義と一体のものである

 「利とは、道義と一体のものである」という言葉は、東南アジアへ航海する乗組員に対する「舟中規約」の一節である。

この規約は、日本における朱子学の祖であり、学問の師であった藤原惺窩の協力を得て作られた。
 「そもそも貿易の仕事は、有無を通じることによって、他人も自分も利益を得ることができるものだ。他人に損をさせて、自分が儲けるのではない。
 利益を共にすることは、利は小さいが、むしろ得るところが大きいものだ。利益を共にすることがなければ、利は大きいように見えても、得るものは小さい。利とは、道義と一体のものである」

 「人のまごころはイルカにも通じ、カモメさえ人の企みは察するものである。天は偽りを許さない」

 とも記している。

 利と道義(人の踏み行うべき正しい道。道徳上のすじ道)は一体なのだと言い切り、商人として「王道」を歩んだ素庵には、激しく心を揺さぶられる。

角倉素庵(1571~1632)

京都・嵯峨角倉出身。角倉了以の長男として父を助け海外貿易、河川開発に従事する。父子で開発した運河・高瀬川は物流の要衝となり、その後の商品経済発展に多大な貢献をした。学問・文芸を好み、さまざまな文化事業も手掛け、晩年は惺窩の著書「文章達徳録 (ぶんしょうたっとくろく)」の校定・研究にいそしんだという。




顧客満足経営
近江商人は、始末して勤勉に働くだけではなく、「売り手よし、買い手よし、世間によし」の「三方よし」で商いに励み、陰徳を積んだ。これこそが、お客様の満足を追求することにより企業の永続的発展を目ざす「顧客満足(CS)経営」の源流であり、世界に誇ることのできるビジネスモデルである。

CS(顧客満足)経営をテーマに企業・地方自治体で指導。現在は、(社)日本経営協会専任講師、千葉県生涯大学校・統括講師として活動。著書は「先進11社にみる顧客満足経営」「江戸商人の経営哲学」など。

近江商人に学ぶ
「長者に二代なし」と言われた江戸時代、その多くは一代で没落した。その一方で、老舗として何代も続いた店も少なくない。なぜ、そのような違いがでたのか。金儲けがうまかったからなのか、それとも金儲けのためには手段を選ばなかったのか。
その疑問を解いてくれるのが、江戸時代の豪商である。なかでも、伊勢商人とならび称された近江商人の生き方は、私たちに大きな示唆を与えてくれる。