「江州の塚本定次といふ男は、実に珍しい人物だ」と勝海舟も一目おいた 塚本定右衛門

 「田舎にはまだ本気の人がいる。おれの知っている人にもこの種の人が沢山あるが、江州の塚本定次といふ男は、実に珍しい人物だ」
 と、勝海舟が「氷川清話」の中で、称えている塚本定次とは、どんな豪商だったのか。

 塚本家は、代々滋賀県神崎郡川並村(五個荘町)に住み、農業の傍ら、布洗業を営んでいた。五個荘商人と呼ばれ、江戸時代後期に活躍した豪商を輩出した土地である。

 初代・定右衛門定悦は、父・教悦が臨終の時に枕元で話した、「善業をし、家業に励め、家を興すのが親孝行の第一だ」の言葉を胸に、5両の資本で小町紅を仕入れ、磐城岩代(福島県)へ初めての売りに出た。遺言を聞いてから7年後の19歳の時である。

 諸国を歩き定悦は、商売に最適の地を見つけた。江戸に近く交通の要所でもあった甲斐の甲府である。ここを中心に小間物類を行商し、定宿の土蔵を借りて、紅屋という小間物問屋を出す。文化9年(1812年)、商いを始めてから4年後のことである。

 「かせがずにぶらぶらしてはなりませぬ、一文銭もたのむ身なれば」の短冊を風鈴にして商売に励んだ。軌道に乗ったこの店を佐助という店員に任せ、定悦は京都に店を構え、もっぱら仕入れに力をいれた。

 父の遺言を実現し、嘉永4年(1851年)に隠居、万延元年(1860年)に亡くなった。
 定悦の隠居により、長男の定次が24歳で家督を継ぎ、二代目・定右衛門を襲名。「氷川清話」に登場する塚本定次である。

 若い時から、同じ五個荘で成功をおさめていた松井遊見を見習い、巨万の富を得たいと願っていた定次は、営業方針を「多利僅商」から、「薄利広商」に転換。
 店員に得意先の繁盛を祈り、商品の注文の時にはすぐに渡せるようにし、品物の吟味を十分にして、無理なことは決してするな、と商いの哲学を教えた。棚卸しの時は、成績の悪いものには何も注意せず、良い時だけ褒めるように店の責任者に指導した。今流に言うプラス思考である。

 幕末から維新にかけての激動の時代だったから、アイデアと勇気をもって事にあたり、巨万の富を得た。江戸を襲った安政の大地震(安政2年・1855年)の時には、関東の商人は壊滅的な打撃を受け、約束の商品を引き取ることが出来ない。その時、定次は問屋や仲買人を困らせてはいけないと約束通りすべて買取り、関東に運ぶ。地震の被害で、物資が欠乏していたから、飛ぶように売れた。

 定次は、儲けた金をどのように使ったか。 勝海舟は「氷川清話」の中で、次のように書いている。「江州の塚本定次という男は実に珍しい人物だ。数万の財産を持っておりながら、自分の身に奉ずることはきわめて薄く、いつも二子のはおりと同じ着物でいて、ちょっと見たところでは、ただの田舎の文盲なおやじとしか思われない。

 しじゅうおれのところへいろいいろの話を聞きにくるが、昨年もやってきて『私も近ごろ思いがけず四万円ばかり積み立て金ができましたが、せっかくできたものですから、なんとか有益な事につかおうと存じますけれど、自分ではどうもよい判断がつきかねますから、わざわざそのご相談に参りました。まず私の考えるところでは、その一半を学校の資本に寄付して、その一半は番頭や、手代らが真実に働いてくれました結果ですから、それぞれの年功の序列多少に従うて、分けてやるが妥当だろうと思います』といったので、おれもその考えの尋常でないのに感心して、賛成してやった」

 安政5年(1858年)の飢饉の時には、多年の蓄財を村の貧しい人々に放出した。持っている土地に桜や楓を植えて、貧しい人々が花見ができるように公園をつくり、砂防工事や山林工事を行ったり、学校をつくり、ともかくスケールが大きい。

 勝海舟は、このような逸話を紹介し、「なかなか大きな考えではないか。かような人が、今日の世の中に幾人あろうか。日本人ももう少し公共心というものを養成しなければ、東洋の英国だなどと気どったところで、その実はなかなかみることはできまいよ」と、特別の人物であると賞賛している。

 明治5年(1889年)には、日本橋伊勢崎町に店を開いた。幕末から維新にかけて明治のオピニオンリーダーである福沢諭吉や勝海舟などとの交流も深め、五個荘の戸長、県会議員などを勤め、明治38年(1905年)に亡くなった。
 ツカモト株式会社の創業者である。

塚本定右衛門
塚本定右衛門(初代1789~1860、
       二代1826~1905)
定悦の足跡は、自ら半生と教訓を綴った「一代口伝書」に詳しい。定次もまた、晩年に家憲制定や回想録執筆によって、後継者へ意をつないだ。それは今日でも企業理念としてツカモト株式会社に受け継がれている。


資料 ツカモト株式会社 経営企画室
   03-3279-1348     




顧客満足経営
近江商人は、始末して勤勉に働くだけではなく、「売り手よし、買い手よし、世間によし」の「三方よし」で商いに励み、陰徳を積んだ。これこそが、お客様の満足を追求することにより企業の永続的発展を目ざす「顧客満足(CS)経営」の源流であり、世界に誇ることのできるビジネスモデルである。

CS(顧客満足)経営をテーマに企業・地方自治体で指導。現在は、(社)日本経営協会専任講師、千葉県生涯大学校・統括講師として活動。著書は「先進11社にみる顧客満足経営」「江戸商人の経営哲学」など。

近江商人に学ぶ
「長者に二代なし」と言われた江戸時代、その多くは一代で没落した。その一方で、老舗として何代も続いた店も少なくない。なぜ、そのような違いがでたのか。金儲けがうまかったからなのか、それとも金儲けのためには手段を選ばなかったのか。
その疑問を解いてくれるのが、江戸時代の豪商である。なかでも、伊勢商人とならび称された近江商人の生き方は、私たちに大きな示唆を与えてくれる。